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(担当:乙黒)

全世界所得課税とは?

 ニューヨーク・ヤンキースの田中将大投手が、初登板を勝利で飾ってから約1ヶ月。7年間の年俸総額は162億円、1球60万円ともいわれる空前の巨額契約が話題になりました。「活躍して当り前」というファンの厳しい目は、相当なプレッシャーだと思いますが、それをはねのける精神力はさすがです。
 さて、これだけの所得になると他人事とはいえ、その税金も気になるところです。そもそも田中投手のようにアメリカで仕事をしている日本人は、日本とアメリカのどちらに納税するのでしょうか?今回は国際的な視点から、所得の生じる場所(どこで稼いで)と納税地(どこに納税するのか)の関係について見ていきます。

<キーワードは“居住者”>
 税金とは、『国家が、公共サービスを提供するための資金を調達する目的で、法律に基づいて個人や法人に課す金銭給付』と定義できます。ならば、実際にサービスを受けている国=居住している国に納める、という考え方が最もなじみ易いと思われます。現実に日本やアメリカをはじめ、イギリスや韓国など先進国の多くではこの考え方に基づき、『自国の居住者および自国に本店のある法人は、その所得の源泉が国内であろうと国外であろうと、すべて課税の対象』とする、いわゆる全世界所得課税を採用しています。平たくいうと、国籍ではなく実際に住んでいる場所で納税地を判断するということです。となると問題になるのが“居住者” (どの国に住んでいるのか)の定義ですが、これは国によって基準が違います。日本の税法では、1年以上日本に住み続けると居住者に該当しますが、アメリカをはじめ世界的には183日(半年)以上滞在すれば居住者とみなされる国が多く、「183日ルール」といわれています。田中投手の場合は、少なくとも渡米してからシーズン終了の11月位まではアメリカに居住することになります。つまり、年間183日は優に超えるのでアメリカの居住者となり、アメリカで申告納税することになるわけです。ちなみに、ニューヨークに住む田中投手は日本の所得税にあたる連邦税が35%、住民税にあたる州税および市税が約13%と日本と同程度の税金がかかることになります。なお、日本と違ってアメリカでは州ごとの税率の格差が大きく、田中投手の住むニューヨーク州の住民税(州税)は全米一高く、その一方でテキサスやフロリダなど住民税がかからない州もあります。もし、田中投手がヤンキースと同条件でダルビッシュのいるテキサス・レンジャースに入団していたならば、7年間の手取りは少なくとも10億円以上増える計算になります。日本でも住む地域によって税率の違いはあっても微々たるもので、ここまで大きな差があるとは驚きです。

<二重課税の問題>
 田中投手クラスになると、アメリカに居住して本業で稼ぎつつ、オフに日本に帰省すればTVやCMに引っ張りだこです。外国の居住者が日本で稼ぐ場合、日本では“非居住者”という扱いになります。そして国際的な一般原則として、非居住者には「その国で生じた所得は、その国へ納税する」というルールが設けられています。日本の税法では、非居住者および外国法人については、原則として日本国内で生じた所得にだけ課税することになっています。よって、日本人大リーガーなどの場合、日本で出演したCMのギャラや、日本に所有するマンションの賃貸収入、日本の銀行の預金利息などには日本で所得税が課税されます。なお、非居住者に対しては申告納税制度が馴染み難いことから、納税もれを防止する意味で、原則として支払い者が源泉徴収して納税する仕組みになっています。
 さて、ここで当然の疑問が生じます。アメリカの居住者である田中投手は、日米両国の所得を合わせてアメリカで申告、納税しなければなりません。一方、非居住者として、日本で生じた所得に対しては日本に納税する義務もあるため、日本で生じた所得にかかる税金を二重に納めることになってしまいます。これがいわゆる国際間の二重課税の問題です。全世界所得課税を採用している多くの国では、こうした二重課税を排除するために、外国に納付した税額を自国に納付すべき税額から控除する『外国税額控除方式』を同時に採用しています。よく耳にする『租税条約』とは、実はこの二重課税を可能な限り回避することを主目的とした条約であり、現在日本は56ヶ国と租税条約を締結しています。ただし、外国税額控除の適用は納税者の選択に委ねられている、つまり両国の税務当局が自動的に調整してくれる訳ではなく、自分で申告しなければ控除されません。結果として、田中投手はアメリカで確定申告する際に、日本で課税された所得税額を外国税額として申告して、納める税金から控除してもらうことになるわけです。

 今回の原稿を書いていて、十数年前、某税務署にシンガポールの税務当局が発行した租税条約の書類を提出して外国税額の控除を申請したところ、「内容が分からないので日本語に訳して再提出してください!」と突き返され、翻訳に四苦八苦したことを思い出しました。当時は一般庶民や中小企業にはあまり縁がなかった国際課税の問題が、スポーツ選手の海外移籍や企業の海外進出などにより、かなり身近なものになってきた感があります。

(2014年5月号)

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